今年一年を振り返らずに~オカマニスタの精神性について~
BSディム。西に住むオカマ。冷え性が治らない。
童話。東に住むノンケ。麻雀を辞めてから体調が良い。
年の瀬
今年も終わりですね。振り返ってみて、いかがでしたか。
振り返るもなにも先月のことが思い出せないわ。
別のテーマにしましょう。
うーーん、悩むね。2人でオブザイヤーを決めるために議論したいね。私たち、共通の趣味が一つもないからね。ツイートオブザイヤーはもう別の人がやってるし。最低SEXオブザイヤー?
別のテーマにしましょう。っていうか、何の意味もなく今年をまとめようとする風潮、嫌いなんですよね。
嫌いってなんなのよ!
だって手軽じゃないですか、振り返るだけで作品になっちゃうのって。
まぁ確かにね。今年はまとめるも何も仕事しかしてねぇよ私。
そう、結局精いっぱい生きてきた2015年だったということで。区切りはそこまで重要じゃないんですよ。儀礼的意味だけです。
そうねぇ。まぁ今年を振り返って反省するのは悪いことじゃないと思うけどね。そういう意味で区切りとしてはいい。
今年は年明け早々、新年会でキチガイタクシー運転手とバトルして負けたことから始まったのよねー…
いや、大掃除じゃなくて小掃除をしろっていう話ですよ。毎日反省すりゃいいじゃないですか。そうすればホコリたまることもないし。
最悪なスタートですね…
今年のはじめあたりに反省したことなんて忘れてるわよ。また来年も同じことを繰り返してしまうわ。
2月はキチガイ医師のお客さんの自宅に招かれて1,000万円かかったオーディオルームを自慢されたんだった。防音室なのにめっちゃ音漏れてた。
繰り返さないですよ。にわとりじゃないですか。習慣になるまで反省し続ければ大丈夫でしょうよ、普通は。
私のことはにわとりと呼んで…。卵、産みまっせ。
カレンダー見てるといろんな思い出が蘇るね。
そうですね。蘇りますが、特に何の感慨もないですね。
アンタは人生を砂時計が落ちて作られた砂山のように考えてるわね。
でも、来年はもっと楽しい年にしたいわ。お金も儲けたいし彼氏もほしい、スキルも上げたい。オフ会もたくさんしたいし、童話くんにも会いたいわ。
はい、僕も来年はもっと楽しい年にしたいです。お金も儲けたいし彼女もほしい、スキルも上げたい。オフ会もたくさんしたいですね。
完全に来年の抱負になってますが「LINEの会話を晒す」がコンセプトなのでこのままいきます。
もっと若いころに色んな人と出会って色んなことしときゃ良かったってマジで思う。いまから取り返すぞー!!ドコドコドン
まずは仕事を変えましょうね。
そうね…youtuberにでもなろうかな…。超辛口に世相を斬りつつ、「でもアタシ、結局最後はオンナの味方よ…」、みたいなことを言ってオカマを崇拝するオカマニスタの女たちから再生数という名の金銭を巻き上げたいわね。
オカマニスタ
そろそろオカマニスタから搾取するステージに立ってもいいかもしれませんね。
そうそう、オカマにすり寄ってくるオカマニスタの女たちって、普段オカマから色んなものを奪っていくからね。これくらいやってもバチは当たらないし、オカマニスタを傷つけるわけでもないから。
この冬はオカマニスタの心もあったかく、私の懐もあったかく。
たびたび出てくる「オカマニスタ」ですが、何か最近(最近じゃないのかもしれないけど)男のオカマニスタもいません?
男のオカマニスタもいるわよ。なぜかオカマの中に男らしさを見出して、そこに憧れるのよ。フグの卵巣をぬか漬けにして無理やり食べる感じよね。
憧れですか。なるほど、そのくらい綺麗な感情ならいいのですが。たまに「オカマの友達」を「アクセサリー」にしようとしてる男いません?
男の場合は珍しいけど、たまにいるわよね。
ただ、オカマって本当にアクセサリーになるのかしら?私もオカマの友達は結構いるけど、自慢できたことが一度もないわ。むしろ、なるべく知り合いであることを隠したい糞みたいなオカマばかりよ。
「オカマの友人がアクセサリーになる」っていうのは、あんまりオカマを知らない人の考えな気がしてならないですね。たとえば「芸能人の○○と知り合い」も一種のアクセサリーですが、「オカマの○○と知り合い」というひけらかし方は絶対にしないでしょう。オカマはいつだって「オカマの友達多いよ」という紹介をされます。ここにヒントがありそうですね。
確かにそうね、オカマの○○と、って話は聞いたことがないわ。オカマと友達なはずなのに、オカマのことが分からない。皮肉なものね。
「オカマの友達が多い」と自己紹介することで、自身の見識の広さだったり、ちょっぴり他人と違う感性のアピールを行おうとしてるんだろうけど……実際にはどうなのかしらね。
私はそばにオカマがいる環境がら当たり前になっちゃってるから、オカマの知り合いが多いって聞いても何とも思わないけど、ノンケはそれを聞いて本当に畏怖の念を抱くのかしら?
逆に考えるなら、見識の広さ、他人と違う感性のアピールが「できる」からこのアクセサリーをよく見かけるのでしょうね。それを許してきたのは時代性もあります。マツコデラックスを筆頭に、どうやらオカマは「面白くて賢い」から、オカマの友人がいるアイツも「面白くて賢い」コミュニティーを持っている。そんな間違った感覚が蔓延しているような気がしますね。
まさにその通りだわ。
オカマの大半はつまんなくて頭も悪い……とまでは言わないけど、ごくごく一般的な感性の人間がほとんどなのよね。
ただ、そんな普通なオカマたちも、オカマというだけでノンケにチヤホヤされて、さらなる承認を得るために面白くて賢いキャラクターをに演じようとする。『虎の威を借る狐の虎は、実は虎の威を借った狐』という構造ができあがるのよ。
利害関係は一致してるのかもしれないけど、私のような騒ぐことの苦手なオカマにとっては迷惑な話よ。
狐が化け狐の威を借りてるわけですね。何ともナンセンスな構造。
確かにオカマはごく普通の人間な気がします。誤解をおそれずに分解するなら「男が好きという性癖を持ち、その性癖を愉しげに語れる一般人」ですね。特殊な価値観も、達観した思想もない。
いま(おとなしい)オカマにとって辛いのは「アイツは男が好きな変な奴だ」なんていう中近代の差別意識より、「アイツは面白くて賢い達観した人間だ」というマツコデラックスレッテルなんじゃないでしょうか。
気持ち悪がられるよりはマシかも知れないけど、どちらにしろ極端で、レッテルを貼られていることには変わりないわね。
レッテルを剥がすのは大変よ。大阪人を見てみて!地方で少しでもスベろうものなら、「お笑いの聖地に住む人間が、神に憧れてせっせとロウの翼を作っている」と思われるのよ。
現代に必要なのは、隣人の根底にある人間性を見極める目だと思うわ。
確かに。オカマも大阪人も双子も障害者もハーフも二世もみんな「レッテル」に苦しんでいるわけですね。そんなもん抜きにして「ひとりの友人」として楽しむことを忘れたくないですね。
大晦日に相応しい対話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
あ、今年の締めくくりに私の根底にある体育会系イケメンノンケへの情念について語ってもいいですか?完全に体育会系イケメンノンケへの偏見になりますけど。
結局2015年もそれだけかよ!
編集後記(童話)
今年もありがとうございました。オカマとノンケの往復書簡の短い2015年が幕を閉じました。幕の閉じ方がウンコ過ぎるせいで舞台から血反吐が垂れてきていますが、除夜の鐘の力を信じようと思います。
さて、来年からはもっと読者に寄り添った興味深い書簡を往復させるつもりです。言うなれば2015年分は自慰行為で、2016年からは核爆発です。今後もご愛顧のほど、よろしくお願いします。先日浅草寺でおみくじをひいたら僕も同行者も凶でした。
・今年の教訓
体育会系イケメンノンケ